ようやく今日もお嬢様がたがそれぞれにお部屋に戻られ、今日の僕の仕事もおしまいだ。
部屋に戻れば、明日の朝まで暫くの間、自由の身。
身体を休めることのできるわずかな時間だ。

ドアを開け、電気を点ける。
ベッドの布団をめくり、念のためクローゼットの中を覗く。
よし…いないな。
最近はえりかお嬢様の夜這いも手を変え品を変え忍び込んでこられる。
えりかお嬢様には悪いが、今日は疲れた…ゆっくり休ませてほしいんだ。

寝ている間とこの自由なわずかな時間しか着ない部屋着に着替える。
部屋着といってもラフなTシャツにスウェットだけど。
さて、少しの時間だけどゴロゴロしようかな。
と、ベッドで横になったところだった。

 コンコン! ガチャッ!

「執事さん、いる!?」
「え、あああこれは千聖お嬢様!」
ドアをノックされて返事をする前にドアを開けて入って来たのは千聖お嬢様だ。
見られて困るような物があるわけじゃないけどちょっとびっくりした。

「なんか執事さんいつもと違うね、執事さんの服着てなかったら」
「そうですか?全然中身は一緒なんですけどね」
千聖お嬢様がドアを閉めて近づいてこられるので僕も起き上がる。
「あのさ、お願いあって来たんだけど…」

1.何でしょうか、と微笑む
2.他ならぬ千聖お嬢様のお願い、執事モードを入れてまずは着替える
3.すみません、疲れているので明日ではダメですか?



執事たるもの、いついかなるときでもお嬢様の命令には従わなくてはいけないのです。
「何でしょうか?」
微笑みを浮かべて少し膝を曲げて千聖お嬢様の顔を覗きこむ。
それに安堵したのか、千聖お嬢様はどもりながらも話し始めた。

「あのさ、前にお願いした本、見たいんだけど…」
「前に? ああ、アレですね」
「うん、学校の友達にまた言われてさ、『持ってるけど見てない』って言ったら」
クローゼットの奥に隠してあった本を取り出す。
ただの本じゃない、女性が読む、いわゆるレディースコミックというやつだ。
以前千聖お嬢様は学校の友達にこれを押し付けられ、処分に困って僕に預けられた。
誰にも見つからないように!と。

「あ、ありがと。ね、ここで見ていいかな?部屋だとまた舞ちゃんとか見つかるし」
「僕はかまいませんよ。ここでしたら大丈夫でしょうし」
いや待て、えりかお嬢様とか、来ないよな?
大丈夫だよな…。
本を受け取った千聖お嬢様は緊張した面持ちで僕のベッドに腰掛けた。

「ね、執事さんもいっしょに見てくれる?」
ポンポン、とベッドの隣を叩かれる。
というかそれ、僕のベッドですけどね。

1.そんな滅相もない。お茶でも淹れてきますよ。
2.それでは失礼して…
3.やっぱえりかお嬢様が怖いので場所を変えませんか?空き部屋に



何事にも「絶対」ということはない。
万一だけどここでえりかお嬢様が夜這いになどいらっしゃったら千聖お嬢様と鉢合わせになってしまう。
レディースコミックを読みふけってるなどという言い逃れできない現場で。

「申し訳ないのですが、ちょっと別の部屋に行きませんか?
 ごくたまにですけど、仕事などで部屋に誰か入ってくることがありますから」
「うーん、しょうがないね。僕も誰にも会いたくないし」
シャツの中、お腹にしっかりと雑誌を入れて周りを伺いながら部屋を出た。


B館のお嬢様たちもこちらに越してきたとはいえ、広いお屋敷ですからまだまだ空いてる部屋はある。
その一つに入ってしっかりと鍵をかける。
もう邪魔は入りません。千聖お嬢様の知的好奇心を満たす邪魔をする者は。

「使ってない部屋だから冷房入れてないしちょっと暑いね。ホコリっぽいし」
「申し訳ございません」
「いいよ、執事さんが悪いわけじゃないし。それよりも見よ!ボク分かんないこと多いと思うからいっしょに見て教えてよ!」
半ば無理やりベッドのマットレスに千聖お嬢様と並びに座らせられる。
こうして並ぶと千聖お嬢様は本当に小さい。華奢というかなんというか…。

「マガジンとかは毎週読んでるんだけどなぁ…何から見たらいいんだろ?」
パラパラとめくってみられる千聖お嬢様。
何気にけっこうハードな描写も多い雑誌なのでね、それ。
何から、と言われましても。

1.マンガのページが読みやすいかと
2.実録手記の性体験読み物のページなんか
3.アンケート形式での女性読者の恋愛・性に関する意識調査のページ



一番読みやすい、というと…やっぱり女性視点で書かれてる読み物でしょうか。
「確か……この辺からのこの読み物とかはまだライトで読みやすかったかと」
一応、千聖お嬢様からお預かりしたときにこういうこともあろうかとざっと一読してある。
話の内容はよくありがちな話だ。
女同士で夏のビーチに行き、男グループにナンパされ、そのまま「ひと夏の体験」を経験してしまう―。
「えー、マンガがいいんだけどなぁ、ボク文章苦手だよ」
「でもこれが一番最初に読むにしてはいいかと。マンガはもっとその、エッチなのばっかりだったもので」
千聖お嬢様は緊張しつつも、僕が開いたページを読み始めた。

「あー、いいなー、海。プールは行ったけど海行ってないもん」
「知らない人たちといきなりゴハン食べるの?ボクだったら絶対しないなそんなこと」
「屋敷でも言われてるしさ、『知らない人についてっちゃいけない』って」
「え、え、え!? なんでいきなりキスしちゃうの!?」
「え、えええ!? 胸とか揉まれてるのに!?」
「……き、気持ちいいの……?」
「うっそぉ、そんなトコ触っちゃうの?」
「う…わぁ……」

緊張を解すためなのか読みながら口数多くおしゃべりなさっていた千聖お嬢様。
それがどんどん顔が赤くなり、口数が少なくなり。
ついには黙り込んでしまわれた。
い、いいのかな?このまま最後まで続き読ませてしまって。

1.大丈夫ですか、と手をひらひらさせる
2.今日はここまでにしませんか?千聖お嬢様が心配です
3.髪から覗く無防備な耳(たぶ)に触ってみる



こういうときは何か全然違うことで気を紛らわせるのが一番なんです。
いきなり話しかけては驚かせて酷く動揺させてしまいますから。
そう考えたとき、千聖お嬢様の短い髪から半分ほど可愛らしい耳が目に入った。

「千聖お嬢様?」
「ヒッ!!」
軽く声をかけながら耳を触ると、息を呑むような短い悲鳴を上げられた。
「大丈夫ですか? 初めてこういうのを読まれて気分が悪くなったとかそういうことは…」
「あああの、だ、大丈夫、だいじょーぶ、だから…」
耳を押さえて少し距離を置き、動揺を抑えようとしているみたいだ。
そんなに驚かせてしまったかな。

「あの…さ。男の人ってこういう…その、本みたいなこと、したいって思うのかな?」
「え、そ、それは…」
「女の人も。この本みたいに触られたりしたら、気持ちイイもの?」
ある程度予想はしていたけど、明らかに千聖お嬢様はショックを受けたみたいだ。
エッチな行為に対して免疫はなかっただろうしな。

1.大人になったら分かりますよ
2.誰もがそういうわけではないと思いますよ
3.まさか「試してみたい」なんて言われないですよね?



まさか、まさかですけど……。
「千聖お嬢様、『試してみたい』なんて言われませんよね」
「いいい言うわけないだろっ!そんなことしたいなんて思ったことないよ!」
安心いたしました。千聖お嬢様に限ってそんなこと、あるわけありませんよね。

「でも、あのさ。クラスの男子がボクの見てないところでボクの胸の話とかしてるの聞いちゃって…」
「……」
「ボクは絶対イヤなの!絶対そんなの想像できないし!」
「それは…」
何というか…その年頃の男なんてサルみたいなものですからね、ある種。

「さっきの本でも触ってたけどさ、気持ちいいわけない、って思うんだけど、違うのかな」
「うーん…」
「自分では全然だよ。お風呂とかで身体洗うのに触ってもさ」
「それはその、人によって個人差というか、そういうのがイイって人もいたりするのでは…」
非常にコメントに困ります。これは正直に答えていいものなのかそうでないのか。

「ねぇ執事さんってば、教えてよ!ボクが分かんなかったら教えてって言ったでしょ!」
どう答えていいのか分からず、困っているのを「教えたくない」と捉えたのか、
千聖お嬢様が少々機嫌を損ねられたようです。

とはいえ、うーん…。

1.大人になったら気持ちよくなるんですよ
2.好きな人に触られたら気持ちよくなるんですよ
3.やっぱり僕の口から申し上げるべきではない



「きっとそれはアレですよ。好きな人に触られたら気持ちよくなるんだと思いますよ」
「そ、そういうもんかな?」
「た、多分ですけどね。僕も男なんで女の人の身体のことはちょっと…」
よし、我ながら上手く纏めた。
『男だから女の人のことは分からない』と言っておけばこれ以上追求されることはないだろう。

「確かに、クラスの男子とかに触られるなんて絶対想像できないし!友達としては好きだったりするけどさ」
「そ、そうですよ!そういうのはいつか恋人ができたときに…」
「じゃあ愛理はどうだった?」


 は   い   !   ?


「愛理は執事さんのこと好きなわけでしょ?」
「いや、あの、その、それは」
さっきから千聖お嬢様はツッコミというか追求が激しい。
これは…どう答えたらいいんでしょう。

「その…ボクはさっきの本みたいなのって全然分かんないからさ、やっぱりみんな…してるのかな、って…」

1.確かに気持ちよさそうでした
2.実は触っていません
3.話題を変えよう、本の他のところ見ましょう



「…確かに、気持ちよさそうだったと、思います…」
ウソはつきたくはありません。愛理お嬢様の秘密を言ってしまうようで申し訳ないのですが。
「へ、へぇ〜…そうなんだ…」
「あの、このこと、愛理お嬢様には」
「分かってる、誰にも言わないよ」
ぎこちない笑みを浮かべる千聖お嬢様に少し安心いたしました。


「いいな、愛理は…」
「え?」
「………」


千聖お嬢様の言葉、どういう意味だろう。
それきり、千聖お嬢様は何も言わなくなってしまい、答えてくれません。
愛理お嬢様が、羨ましい?


1.気持ちいいと思えるからですか?
2.そういうことをしているからですか?
3.千聖お嬢様もいつかステキな恋ができますよ



「愛理お嬢様が、その…そういうことに、気持ちいいと思えるからですか?」
「あ、えーっと…まぁ、そんなトコかな」
そういうことは進んですることでもないと思いますけどね。
このお屋敷のお嬢様に手を出してしまった僕が言うことじゃないですが、できる限り皆さんには純粋であってほしい。

「そんな焦ることはないですよ。千聖お嬢様もいつかステキな恋ができると思いますし」
「え、あ、うん……」
何だか俯いて、落胆させてしまったようです。
やっぱり、こういうことを初めて見てショックだったのでしょうか。

「なんか疲れたな。もうそろそろ寝ようか」
「そうですね。お部屋までお送りいたします」
「うん…」
そのまま、お互いに口数少ないまま、部屋をあとにした。

「ね、また本見せてくれる? あと…愛理とのこと、いつか聞かせてくれる?」
「え、えぇ…」
「いいよね?それくらいは」
「それくらい、って。お嬢様のご命令でしたら、何なりと」
「………うん…」
本をしっかりと懐に隠し、千聖お嬢様をお部屋にお送りします。

「おやすみ、執事さん」
「おやすみなさいませ」
ゆっくりとドアを閉められた。
自分が本を見せたせいとはいえ、元気がない千聖お嬢様が何だか申し訳なくて。
それ以上に、妙に寂しげな千聖お嬢様の瞳が部屋に戻って本を隠しても、何故か頭から離れなかった。