「ただいまー!」 
「お帰りなさいませ」 
「ただいま執事さん」 
「お帰りなさいませお嬢様」 
「ただいま執事さん、えりかちゃんと舞美ちゃん買い物してから帰るってさ!」 
「お帰りなさいませ、そうですか、かしこまりました」 
お嬢様たちがお帰りになり、屋敷は俄かに騒がしくなる。 
元気に駆けてくる舞お嬢様、ようやく普通に挨拶してくださるようになった栞菜お嬢様、何やらやけにテンションの高い早貴お嬢様。 
そんな中、何故だかやけにテンションの低いこのお嬢様。 

「ただいま…」 
「お帰りなさいませ、千聖お嬢様。どうされました?」 
「あ、いやその…」 
何やらよくハッキリしません。 
「どこか具合でも悪いのですか?」 
「いや、そういうわけじゃないんだけど…執事さんにお願いしたいことがあるんだ」 
「何でしょう?僕にできることなら何なりと」 
「あの、い、今話せることじゃないんだ。夜に執事さんの部屋に行っていい?」 
「それでしたら僕がお嬢様の部屋に参りましょう」 
「い、いいから!夜になったらボクが執事さんの部屋に行くから!」 
そう言うなり両手で鞄をギュッと抱いて走っていってしまった。 
何だかいつもの千聖お嬢様らしくないな。 

「千聖遅いー!早くゲームしようってばー!」 
「あ…ごめん舞ちゃん、今日はちょっと…」 
「えー!?」 
らしくない、どころじゃないな、けっこう重症な気がする。 

1.やはり気になる、千聖お嬢様の部屋へ 
2.言いつけどおり、夜を待ちます 
3.他のお嬢様は何かご存知でしょうか? 



気になるけど、千聖お嬢様が「夜に」と言われている以上、それを守るのが一番ベストというもの。 
若干心配ではあったけど、仕事をしながら夜になるのを待った。 

「でさー、学校の友達が面白くって!…ねぇちっさー、聞いてる?」 
「え?ごめん、聞いてなかった…」 
「ちっさー大丈夫?さっきから様子おかしいよ」 
「うん…」 
食事のときも上の空なようで、他のお嬢様とのお喋りもあまり耳に入っていない誤ご様子。 
本当に大丈夫なんだろうか。 
覚えている限りでは今朝学校に行かれたまではまったく普通だったはず。 
だとすれば、学校で何かあったのでしょうか。 
まさかいじめられた?いやまさか、千聖お嬢様に限ってそんなことは…。 
あとでちゃんとお話しくださるだろうか。 
他のお嬢様たちも心配されている。僕で何とかできることなら何とかして差し上げたい。 

そしてその夜。 
僕は仕事を早めに切り上げ、部屋で千聖お嬢様を待っていると、控えめにドアがノックされた。 
「執事さん、起きてる?」 
「千聖お嬢様?どうぞ」 
僕がドアを開けると、おずおずと入ってきた千聖お嬢様。 
「ごめんね、執事さんもお仕事あるから寝なきゃなのに」 
「とんでもございません」 
昼と同じに、両手で鞄をギュッと抱きしめ、左右を気にしながら恐る恐る部屋に入る千聖お嬢様。 
何でしょう? 
「あの…さ、頼みたいことがあるんだ。こんなこと頼めるの、執事さんしかいなくて、ボク…」 
そのお願いとは、その鞄に何か関係があるのでしょうか? 

1.勉強を教えて欲しい、とか? 
2.給食費を立て替えて欲しい、とか? 
3.学校で嫌がらせを受けている、とか? 

4 中から札束が大量に・・・ 



「学校で何か嫌がらせでもされているのですか?」 
「そ、そんなことないよ!ボクけっこうクラスでもしゃべるほうだし!」 
ですよね。C館でも特に元気で人見知りなく気軽に接することができる千聖お嬢様。 
学校でいじめられている姿なんて想像できない。 

「嫌がらせじゃないんだけど…その、ボクがイヤがってるっていうか、その…」 
「…?」 
何だかおっしゃっていることが要領を得ません。 
学校で嫌がらせを受けてるわけじゃない、けど千聖お嬢様は嫌。 
それって単なる好みの問題なのでは? 
いやでも千聖お嬢様はそういうことはイヤならハッキリイヤとおっしゃる方だ。 
そのお嬢様がこれだけ歯切れの悪い言葉をおっしゃっているのは…。 

「お願い!誰にも内緒で、これを処分してほしいんだ!」 
「!!! これは!!」 

頭を深々と下げながら両手で持って僕のほうに突き出した1冊の本、いや雑誌。 
少女漫画風のイラストが表紙になっているが、明らかにこれは少女漫画じゃない。 
いわゆるレディコミ、レディースコミックというモノではないですか! 

1.こんなものを、どこで…? 
2.まさかこういうものに興味がおありなんですか? 
3.はしたない!お尻を叩かせていただきます! 



ま、まさか千聖お嬢様…。 
「こ、こういうモノに興味がおありなんですか?」 
「違うよ!学校の友達が持ってきてて!」 
手にとってそう聞いてみると、千聖お嬢様は慌てふためきながら早口で捲くし立て始めた。 
「みんなで見てて、ボクイヤだったから見なかったんだ!ホントだよ! 
 だけどみんなして『ちっさーも見たほうがいい』とか言ってさ、見せてきたりして! 
 そしたら今度は『ちっさー持って帰って勉強しなよ』とかって無理やり持たされて持って帰ってきたんだ、ホントだよ!」 
大げさに身振り手振りしながら一気に喋った千聖お嬢様。 
気付いたら顔が真っ赤になって、軽く息を切らしてらっしゃるような…。 

「帰り道で捨てようと思ったんだけど、もし誰かに見られたら、って思ったら捨てれなくて。 
 舞美ちゃんや舞ちゃんたちにバレたらどうしようって思って、こういうの執事さんにしかお願いできなくて」 
「そうでしたか…」 
ちょっとだけ安心いたしました。 
千聖お嬢様がもしや自分でこういうのをお買いになっていたのではないかと。 
「ではこれを誰にも見つからないように処分すればよろしいのですね」 
「うん、お願い。それと……ちょっと聞きたいんだけど」 
「何でしょう?」 
「ボクいま14歳なんだけどさ、こういうの見るのヤだって思うのってヘンかな?子どもっぽいのかな?」 
「そんなことは…」 
「ホントに?学校でもさ、見るのイヤがったら『ちっさーはネンネだから』とかって言われてさ」 
14歳といえば普通は男も女も思春期を迎えて性の目覚めを感じている年頃。 
千聖お嬢様はそういうことを気にされているのかもしれません。 

1.そんなことはございませんよ 
2.ほんの少し遅いかもしれませんが… 
3.千聖お嬢様はどう思われます? 



「そんなことはございませんよ」 
「ホントに?だって愛理だってりーちゃんだってすごいオトナっぽいし、ボクだけコドモじゃないかな」 
「それぞれご自分のペースでそういうのは覚えたりされたらいいかと思いますよ」 
僕が千聖お嬢様ぐらいの年頃の頃はどうだっただろう。 
あの年頃の男なんて、下半身で動いてるようなものではあったけども。 
でも、千聖お嬢様には、そういう知識よりも、いつまでも無邪気であってほしい、と思うのは僕のエゴでしょうか。 
「うーん…」 

「じゃあさ、執事さんはえりかちゃんとかりーちゃんみたいな大人っぽい女の子と、 
 舞美ちゃんや愛理みたいな可愛い女の子とどっちが好き?」 
「え!?僕ですか?」 
「あ、ごめん、やっぱなし、今のなし。執事さんは愛理のこと好きなんだもんね」 
自分でおっしゃりながら、少し落ち込んでしまった千聖お嬢様。 
何だか、このまま黙っていたら余計に千聖お嬢様を落ち込ませそうで… 

1.確かに、愛理お嬢様は好きですが、千聖お嬢様のことも… 
2.可愛い女の子のほうが 
3.大人っぽい女の子の方が 
4.千聖お嬢様にだっていいところはたくさんありますよ 



「千聖お嬢様にだっていいところはたくさんありますよ」 
「そう…かなぁ? 例えば?」 
腕を組んで首を捻ったまま、上目遣いで僕を見上げてくる千聖お嬢様。 
そういう仕草だって可愛いというのに…。 
「例えばですね…千聖お嬢様はそれこそ誰とでもすぐ仲良くなれて、お友達も多いじゃないですか 
 こういうことだって、ホントはなかなかできないことだと思いますよ、僕は」 
「そうかなぁ、えりかちゃんや舞美ちゃんみたいにキレイじゃないし色っぽくもないよ、チビだし、色黒いし」 
とんでもございません、その立派なお胸に太もも、無自覚に垂れ流されているエr…コホン。 
「えりかお嬢様と千聖お嬢様では3つも年が離れておいでじゃないですか。 
 あと3年もしたら千聖お嬢様もきっと色っぽくなりますよ」 
「えりかちゃんボクぐらいの年からすごい大人っぽかったと思うけど…まあいいや、うん」 
「いい、と申されますと?」 
突然納得されたように何度も頷いて、立ち上がった千聖お嬢様。 

「ボクやっぱ今のままでいいや、ごめんね執事さん、いきなり部屋来ちゃって」 
「いえいえ、千聖お嬢様のお力になれたなら何よりです」 
スッキリされたように晴れやかな笑みを見せてくださった千聖お嬢様。 
うん、やっぱりそのお日様みたいな笑顔が一番ですよ、千聖お嬢様は。 

「あでも、さっきのお願いのことなんだけど、変えていいかな?」 
「さっきの…この本ですか?」 
急に思いついたように僕がずっと持ったままになっていたレディコミを指差す。 
「うん。執事さん、持っててくれないかな?」 
「処分するんじゃないんですか?」 
「うん、持っててほしいんだ、誰にもバレないように。…その、やっぱそれなりに知ってたほうがいいかな、って」 
かなり恥ずかしそうにしながらも、お願いしてくる千聖お嬢様。 
そんな顔を見ては断れないのですが…うーん…。 
「知ってたらコドモ扱いされないでしょ?それでいて今みたいな感じで居れたら 
 ボク今のままでもいいかなって思うから」 
「はぁ…」 
「だからお願い!絶対誰にも見つからないでね!おやすみ!」 
また一気に捲くし立てて、そのまま僕の目を見ないで部屋を出て行った千聖お嬢様の耳は真っ赤だった。 
…これで良かったんだろうか。 


ちょっとレディコミを開いてみる。 
男性誌よりも描写エグい、という噂は聞いてたけど、コレホントに千聖お嬢様に見せて大丈夫なんだろうか。 
千聖お嬢様が言ってた『覚える』『知る』というのがどういうことなのか。 
そんな純粋な何も知らない千聖お嬢様を穢す様な真似、僕がしていいわけがない。 
それでも、千聖お嬢様の僕を頼る、縋るような目を見ると、断ることなんてできなかった。 
…今夜も、なかなか眠れそうにない。 


(*マネ)<私の元へ来れば飛び級で一気に大人のオンナにして差し上げますよ、千聖お嬢様…ケッケッケ (執事)<最近お屋敷の周りに不審者がうろついているようだ…気を付けないと